イギリスのどこが好きなのかと、人に問われた事はない。
けれど、国にならばある。彼の腐れ縁であり、目下自分にとってはあまり面白くない位置にいるフランス。
にやにやといやらしい笑みを浮かべながら肩に腕を回されて、普段通りの調子で問われたのだ。
あの坊ちゃんのどこがそんなに好きなのよ?お兄さんに教えてみ?ん?
その時の事は鮮明に覚えている。腹が立ったから、という訳でもない。勿論それも理由の一つだけれど。
つい考えてしまったのだ。自分は一体、イギリスのどこが好きなのだろうと。
嫌いなところなら聞かれるまでも無く並べ立てる事が出来る。説教がウザい、過去に囚われ過ぎ、地味、眉毛、etc。
けれど好きなところと聞かれて、咄嗟に何も返す事が出来なかった。
それが戸惑いからの沈黙だとフランスには伝わってしまったようで、不思議そうな表情の後本当に付き合ってんのか?と屈辱の一言を言われてしまった。
あまりにも悔しくてその晩寝ずに考えたんだ、イギリスの好きなところ。
結果、無事にいくつかの項目を上げる事は出来た。嫌いなところを上回る数にはならなかったけど。
その内の一つは、多分、イギリスに出会って一番初めに好きになったところだった。
イギリスの家に向かう途中目に入った花屋で小さなブーケを買った。
特に意味なんて無い。今日は記念日でも、彼の誕生日でもない。
ただ目に入った。だから買った。それだけ。
どうせ買うなら鉢植えにした方が良かったかもしれない。彼は花を育てるのが趣味だから。
でも何故かこのブーケを選んだ。小さな紫の花が集まった、このブーケ。
アメリカ自身は赤や青といった色が好きだ。イギリスにプレゼントを贈るときもそれらの色合いを選ぶことが多い。
ただ彼の好きな色を知らない訳ではないからこうして、時折手にしてみたりもする。イギリスは、落ち着いた色が好きだ。
ブーケを顔に寄せて香りをかげば、優しい匂いがふわりと届く。
成る程、色だけでなく香りもあの人にぴったりだと、少しだけ恥ずかしい感想を思い浮かべたところでイギリスの家に着いた。
時代錯誤な門をくぐり、サイドに広がる薔薇の合間を進めば大きな扉が目前に迫る。
このブーケを差し出した時の反応を想像して一つ笑みを浮かべてから、呼び鈴に手を伸ばした。
「イギリス、居るんだろう?早く開けてよ」
少し大きな声で呼べば、すぐに少し早目の足音が聴こえてくる。
アメリカはこの音が好きだ。イギリスが自分に会う為に早足に扉を開けに来てくれる瞬間。
扉が開いて、笑顔のままブーケを掲げた。プレゼントだよ、イギリス。とっても綺麗な花だろう?
そう、言うつもりだった。来る時は連絡くらい寄こせだのお前はいつも急過ぎるだののお小言を言われる前に、その口を塞ぐ為に。
けれど、アメリカは黙ってしまった。笑顔は消え失せて、言葉を発する為に開けた口が間抜けな形で制止する。
目の前に現れたのは、確かにイギリスであったと言うのに。
「お、お前、来る時は連絡しろっていつも言ってんだろうが!」
うん、その台詞は聞き飽きたんだぞ。
「毎回毎回急過ぎんだよ。こっちの都合も考えろってんだ」
そんなの俺には関係ないんだぞ。俺が来たい時に来て何が悪いって言うんだい?
そんな、毎度のやりとりが出来ない。言葉を吐きだす事が出来なくなっていた。
アメリカの視線は一点で固まる。イギリスはその視線の先に気付く前に掲げられたブーケに気付き、ふわりとそれを両手で包んだ。
「これ、どうしたんだ?買って来たのか?」
「………」
「綺麗な花だな。なんだ、この後どっか祝い事にでも行くのか?」
問いかけられて、ようやく瞬きを一つする事が出来た。
そしてどうにか心を落ち着かせ、大きく息を吸い込む。目を閉じて、ゆっくりと開いてもう一度視線を戻した。そして確認する。
ああ、見間違い等ではない。
「……イギリスさ」
「ん?」
「何、ロンドンで変な病でも流行ってるの?それとも突然変異?」
「あ?何言ってんだお前」
「どうしたんだよ、その眼」
ブーケはそのままイギリスの手に押し付けて、両手で彼の頬を包んで少し上向かせる。
イギリスは一瞬何を言われているのかわからないといった表情を浮かべたが、すぐに思い当たったようで慌てた様にアメリカの手を振り払った。
「ちがっ…これは、その、」
「……カラーコンタクト?」
距離はおよそ3センチ。キスをする程誓い距離にまで顔を寄せて目を覗きこめば、うっすらと彼の眼に何かが張り付いているのがわかる。
イギリスの瞳は、アメリカが持って来たブーケの花と同じ、紫色をしていた。
訝しげに眺めていると、アメリカから距離を取るようにして身を引いたイギリスが片手で片目を隠して見せる。
もう片目は見えているし何より真っ赤な顔が全く隠せていないので意味は成せて無い気がするが。
「これは、そのっ、に、日本が!」
「日本?」
彼の数少ない友人の名前にぴくりと反応すると、イギリスは気付いていないのか視線を泳がせたまま口をぱくぱくさせて必死に言葉を捲し立てる。
「そう、日本!その、カラーコンタクトに少し興味があるって言ったら、お勧めを送るので試したらどうかって言われて…」
「へぇ、君カラコンになんて興味あったんだ」
「っ、」
途端、イギリスは何故か傷付いたように顔を歪めた。けれどその顔は見慣れたものではあっても、イギリスそのものではない。そんな気がした。
だって、眼が違う。いつもの緑じゃない。
ぼんやりと、先程考えていた事を思い出す。
イギリスの瞳。マカライトの輝き。それが、アメリカが一番初めに好きになったイギリスの一部だった。
まるで宝石の様で、でもどこか甘いキャンディの様なその瞳が大好きだった。笑う時も、凛々しくある時も強い光を放っていた、緑の瞳。
その瞳が涙にまみれた時ですら、綺麗だとどこかで想うほどに大好きな部分。
それが今は薄っぺらいレンズに覆われていて見えない。それだけでアメリカの先程まで上向きだった機嫌は途端に悪くなってしまう。
向ける視線はつい冷やかになり、声のトーンも一段と落ちた。
「君、目悪くないのにそんなのしてたら視力落ちるよ」
「…日本の勧めなんだからそんな悪いもん送ってくる訳ねーだろ」
「いいからさっさと外しなよ。第一、」
すっごく、似合わない。
まるで吐き捨てる様にそう言うと、一時イギリスの動きが止まる。
目を丸めて、アメリカを見て。その紫の瞳で。
一瞬後には涙の膜が浮かんだ。ああ、そうなる事も予想出来たのに言ってしまった今では遅い。
けれどどうしても優しく出来なくて、微かに震える彼の腕を取り強引に洗面所へと引いて行った。
「ほら、早く。一瞬でも君に何か起きたのかと心配した俺が馬鹿だったよ」
考えとは裏腹に、口からは酷い台詞しか出て来ない。なんでもいいから早くそんな物外して、いつもの瞳を見せてくれ。
そうしたら、きっと優しく出来る。玄関に落としたブーケを拾って、君に渡して。
こんなの好きだろう?目についたから、君にって思って買ってきたんだぞ、って。
大サービスでそこまで言って抱きしめてもいい。だから早く、そんな隔ては取り払ってくれ。
焦りが表れ、イギリスを洗面所に放り込む。勢い余って洗面台に両手をついたイギリスは、暫しそのまま俯いていたがやがてゆっくりと振り向いた。
はっきりと浮かんだ涙が確認出来て、やはり言い過ぎたかと思う。何かフォローを、と考えている間に彼の口が震えながら開いた。
「……っせー」
「何?」
「うっせーんだよ馬鹿ぁ!誰の為だと思ってんだよ!」
「……は?」
拳をきつく握りしめて、イギリスは声を大にして叫んだ。何とか涙は流すまいと、ぐっと奥歯を噛み締めているのがわかる。
アメリカは呆然と紫の瞳を見据えた。イギリスの言っている意味がわからない。
彼の口ぶりでは、まるで自分の為にカラーコンタクトを装着したとでも言っているように聞こえる。
けれど、アメリカは彼にそんな事を望んだ覚えはない。望む筈も無い。
思わず怒りが湧いてきて、優しい言葉をかけてやろうと思い始めた事なんかすっかり忘れ去ってしまった。負けじと強い口調で応戦する。
「何言ってるんだい?誰の為って、俺の為だとでも言うつもりかな。俺はそんな趣味の悪い色の瞳で見つめられたいだなんて言った覚えはないよ」
「ああ確かにそんな事は言ってねぇよ!でもお前、綺麗だって言ったじゃねぇか!」
「だから何の話だよ!?」
「っ、この前の世界会議だよ!思い出したかこのメタボ!」
「世界会議?」
確かに三週間前に世界会議は執り行われた。当然、イギリスもアメリカもその会議には出席している。
しかし、やはりそんな願望をイギリスに述べた記憶など無い。
眉間に皺を寄せて記憶を遡っていると、焦れたイギリスが一層悲痛な面持ちで目一杯アメリカを睨み上げた。
そして、叫ぶ。
「アイスランドに「相変わらず綺麗なパープルアイズだね」、って言ってたのはお前だろうが!」
「…………はぁ?」
たっぷりと間を開けて、アメリカは間の抜けた声を上げた。
そして思い返す。この間の世界会議で久しぶりに顔を合わせたアイスランドは、相変わらず素っ気なくて。
けれどアメリカには少し懐いている面もあるのである程度会話を交わし、彼に会うといつも口にする台詞も確かに吐いた。
「君の眼は相変わらず綺麗だ」だったか、それこそイギリスが言ったままの台詞だったかもしれない。
ああ、言った。間違いなく、言った。
けれど、だから?それでイギリスはこんな事をしでかしたとでも言うつもりなのだろうか。
…言うつもりなのだろう。イギリスは顔を赤らめてふるふると震えながら必死に涙を堪えている。
「…だから、お前、紫の眼好きなのかなって……だから、」
やっぱり言うつもりらしい。これらは全部俺、アメリカの為であると。アメリカが紫の瞳が好きだと思ったから、だから日本に相談してまでカラーコンタクトを入れてみたのだと。
そう、言っているらしい。目の前のこのスットコ馬鹿は。
アメリカは大きく息を吐いて、がしがしと右手で頭を掻き毟る。どうしてこの人はこう、どこかずれた見解をしているのだろうか。
「あのねぇ、」
「うっせぇよ黙れよ馬鹿ぁ!どうせお前は俺なんか大嫌いだもんな!大嫌いな俺が好きな瞳の色してたって嫌い位にしかならねぇってんだろ!」
「……もう黙りなよ」
流石にいらっとしてイギリスとの距離を詰める。そして再び頬を覆って顔を上向かせた。
途端びく、と身体が跳ねるが抵抗は見られない。すっかり湿った瞳を今一度眺めて、出来る限り視線を甘くして囁くように話しかける。
「あのね、君相当酷い事言ってる自覚ある?俺、一応でもなんでもなくてちゃんと君の恋人なんだけど。俺がそんな恋人にたいして大嫌いって思ってるって?どの口が言うんだよそんな事」
「だ、だって……」
「取りあえず外すよ。見てて苛々するから」
アメリカの物言いに反論しようと口を開きかけたイギリスだが、指が目尻に触れた事でぐ、と喉を詰まらせる。
反射的に閉じようとする眼を力でこじ開けて、そっと指を近づけるとか細い声が耳に届いた。
「お、ま…何、」
「言っただろ、これ外すんだよ。眼球傷つけたくなかったら動かないでね」
足でしっかり身体をホールドして、言葉でも牽制を投げかける。
外から来てまだ手を洗っていないから極力レンズ以外には触れないように、そっと。
脅えるイギリスは少し可哀想だけど、こんな忌々しい物さっさと外してしまいたい。
指にくっつけて片方を外し、ようやく緑の瞳が見えて安堵する。そのまま握り込んで、もう片方。
大人しくなったイギリスからそれを取り外すのは然程難しくなくて、あっさりと望んだままの姿が露わになった。
二つのマカライト。俺の、俺だけの宝石。
やっと尖った心が解れて、微笑んでその両目を覗き込んだ。
「…久しぶり、イギリス。元気だった?」
「……お前、訳、わかんねっ」
「うん、ごめんね。でも、やっぱりイギリスには似合わないよ。だからもう二度とこんなのしないで」
言いながら、許可も取らずに手の中のそれを握り潰す。
イギリスは少し驚いたようだったけれど、アメリカの態度に安心したのか文句は言わずに密着した腰に手を回した。
「馬鹿ぁ…俺、お前が喜ぶと思って…」
「それはわかったから。でも俺、イギリスのグリーンの瞳が一番好きだよ」
「へっ?」
「アイスランドのパープルアイズも確かに綺麗だけど、イギリスの瞳には敵わない」
「っ…」
元から赤い顔を一層色濃く染めて、イギリスは言葉を呑みこんだ。
ああ、今日は大サービスデーだ。こんなにも彼を喜ばせる言葉を吐いて、身体ごと包んであげて。
堪らなくなったのか、イギリスは顔を伏せてアメリカの胸に額を押し付ける。そして思い出したようにあ、と声を上げた。
「そういやお前、どっか祝い事に行く途中じゃないのか?」
「え?」
「ほら、さっきのブーケ」
そしてアメリカも玄関に落として来たブーケの存在を思い出す。けれど、今更ながら今回のチョイスはいただけなかった。よりにもよって今日に限って、紫の花。
少し考えて、思いついた事に微笑んで再びイギリスと向き合った。
きっと自分のスカイブルーの瞳も、今は輝いている事だろう。
「祝い事は無いし、ブーケももういいや。その代わりイギリス、今から二人で出掛けよう」
「出掛ける?どこに」
「花屋!新しい花を買いに行くんだぞ!」
有無を言わせぬ様に強く腕を引き、玄関へと引き返す。
まだイギリスから疑問は飛んでくるが、そんなのちっとも気にならない。
今日はやけに気分がいい。ちょっとした言い合いにはなったけれど、それ以上に楽しい一日になる予感がする。
「緑の薔薇はこの辺では売って無いからね、君のその瞳に合う花を買いに行こう!」
「はぁ?」
「いいじゃないか」
祝い事なんて無くても、記念日で無くても。
特別な日で無くたって、花を贈るのは違反ではないのだから。
「だって俺達恋人だろ、イギリス」
「なっ、意味がわかんねぇよ!」
照れてるイギリスに負けないぐらい、ほんとはこっちも恥ずかしい。
でも今日はいい。沢山の花の中から一番君に似合う花を探して、沢山包んでもらって君の胸に抱かせるんだ。
そうして笑った君の笑顔は、最高に俺をハッピーにさせるだろうからね。
そしたらもう一回さっきの告白をして、今度は瞳に口づけよう。
俺の一番大好きな彼の、とても大好きなその瞳に。
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イギリスの瞳は最早国宝です(きっぱり
アメリカは子供心にその綺麗な瞳に惹かれてたらいいなぁと思う訳で。
勿論イギリスもメリカのブルーの瞳は大好きな訳です。
お互いが「あー今日もイギリス(アメリカ)の瞳は綺麗だなぁ」とかぼんやり思ってればいいのですよ。
親分の瞳の緑とイギリスのは少し違う感じで。イギリスの方が明るい緑で、親分のが濃いイメージです。どうでもいいですねすみません。
今後もこんなどうでもいい話の米英ばっかり増える予定。
09.10.19