「何だい、これ」
「見てわかんねーのかよ」
「いや…わからなくもない、けど」

急に尋ねて来て、どでかい荷物を業者に運び込ませてその態度は一体なんなんだと言ってやりたいのを堪えて、今一度箱から出て来た物を凝視する。
曇り一つないシルバー。複雑な形をしたその機械は、俺の記憶違いで無ければ確か。

「エスプレッソマシーン」
「その通りだ」

何故か自慢気に胸を張ったイギリスが、勝手に人の家のキッチンのカウンターに置いたそれを柔らかく撫でた。
突拍子もない行動はこの人の得意とするところだけれど、今回ばかりは意味が分からない。

「なんで急に」
「お前が紅茶飲まねーで珈琲ばっか飲んでるからだよ」
「だからってなんでエスプレッソマシーンなんだよ」
「少しでもいいもん飲ませてやろうって親切心だろうが」
「………」

当然だと言わんばかりのイギリスに、唖然と返す言葉も見つからなかった。
そんなこちらの心境なんて知る由も無く、イギリスは嬉しそうに機会の特性やら使い方やらを話し始める。
勿論右から左に聞き流すだけで、頭に内容なんて入りはしない。

「…君は本当に馬鹿なんだな」
「なっ、ば、馬鹿とはなんだよ!折角人がこうして、」
「これ、イタリアのじゃないか。わざわざ取り寄せたの?」
「…うちにはこれ以上いいマシン無かったんだよ。紅茶大国だぞ」
「ふーん…」

わざわざ、俺により美味しい上質な物を飲ませようとわざわざ。今回の奇行はそういう魂胆から始まったらしい。
本当に全く、どうかしている。それだけの為にわざわざ、イタリアから最高級のものを取り寄せるだなんて。

「本当に馬鹿だ」
「そっ、そんな馬鹿馬鹿言わなくても、」
「いーや、馬鹿だよ」

傷付いた様子のイギリスには、敢えて言わないけれど。
二度目の馬鹿、は自分に対しての言葉。
こうして過剰な気を使われて、それが酷く嫌な時だってある癖に。
嬉しい、と感じている自分に。
そんなこっちの気も知らないで、イギリスは泣きそうになりながらも拳を握り締めて機械に手を伸ばした。

「つべこべ言わず、一杯飲んでみろって。絶対美味いから」
「やーなこった」
「あぁ!?」
「今、珈琲って気分じゃないんだぞ」
「じゃあ何、」
「もういいから大人しく座ってなよ」

ぐい、と腕を引いてテーブルに引っ張って行って座らせる。
馬鹿を連呼された事に凹んでいるのかイギリスは案外大人しく、と言うかしゅんとして肩を落としたまま椅子に座った。
何か声をかけようかとも思ったけれど、口を開くと彼を悲しませるような台詞しか出て来ない気がして止める。別に泣かせたい訳でもない。今は。
キッチンに向かい、もう随分長い間開けていない一番下の棚から必要な物を取り出す。ふと伺えば、イギリスはまだ俯いて視線を落したままだった。

「そんな鬱陶しいオーラ出すの止めてくれないかい?別に今飲みたくないだけで今度ちゃんと使わせてもらうよ。別に頼んだ訳じゃないけど、折角君がくれた物だしね」
「な…お前は一々一言も二言も多いんだよ!」
「もうそろそろ慣れなよいい加減。こんな俺になってどれだけ経ったと思ってるんだい?」
「………」

ほら、そこで黙り込む。イギリスが今の俺を完全に認め切れない事なんてもう二百年前から知っている。
でも、いい加減受け入れるなり慣れるなりしていい頃だと思う。いくら俺達が国だからと言って、二百年は短い時ではない筈だ。
いつまで経っても昔の俺にすがりつく、そんなイギリスが腹立たしくて仕方ない。
…仕方ない、けれど。

「ほら、入ったよ」
「あ……?」

ティーカップなんて気の利いた物に入れてやるほど優しくはなれない。だから、大きめのマグカップをイギリスの前に置いた。
中身を覗いたイギリスの目が丸まる。そしてゆっくりこちらへ向けられた視線がどうにも気恥かしくて、不自然に顔を逸らしてしまった。

「お前、これ……」
「…アッサム、濃い目で淹れて、ミルクティーにして飲むの好きだろう?」
「……お、おう」
「今、たまたま俺が飲みたかった物と君が好きな物が重なっただけだけどね。全く不本意だけど」

早口で捲し立てて、自分用のマグカップを煽る。そうすれば少しは表情が隠れるかと思ったけれど、イギリスはぽーっとこちらを眺めたまま固まっている。
そして徐々に嬉しそうに、表情を緩めてから両手でカップを包み込んだ。

「…いい匂いだ」
「…前、君が置いて行った茶葉だよ」
「ああ、あれか。なら誰が淹れたって美味い筈だな」
「嫌味かい?」
「嘘だよ、馬鹿」

微笑んで、そっとカップを傾ける。一口飲み下して、その後浮かんだ表情に不覚にも胸が跳ねた。
不意打ちだ。そんな、心底幸せそうな笑顔。

「美味いな」
「…当然だろう。俺はなんでもそつなくこなすヒーローだからね!」
「教えてやったのは誰だよ」
「さぁ、誰だったかな」

そんな昔の事忘れてしまったと告げれば、今度は笑顔でこの馬鹿、と返される。
昔の俺にすがりつくイギリスは腹立たしい。けれど、忘れられるのは嫌だからこうしてたまに彷彿とさせる行動をしてしまう自分。
そんな自分が一番仕方ないのかもしれないと、知ってはいるが気付かないふりをする。
多分、今後もずっと。それでもきっと、こうして笑い合う事は出来るだろう。
それだけの時間を、共に過ごしてきたのだから。



09.07.04