「なんで?その研究結果はドイツが出したものでしょ?」
首に両手を回し、首を傾げて。真ん丸な目が、真っ直ぐにドイツを見つめていた。
くるんと跳ねた髪が視界の端で揺れる。イタリアがそわそわと身体を揺すっている証拠だ。
そんな事をどこか冷静に考えながらも、この場をどう切り抜けるか必死に考案する。
壁に掛かった時計が示す時刻に、焦りも生まれた。
「だから…あれは一般的な平均を割り出した結果なのであって、」
「じゃあ、ドイツにだって適応するって事じゃん」
ぐ、と喉を詰まらせる。最近のイタリアはドイツの書物を読み漁っているせいか、やたらと的を得た難しい言葉を使うようになった。
そう、全てはドイツ自身が招いた事なのだ。
うっかり研究結果を記した書類を机の上に出しっぱなしにしてしまった。それをイタリアに見られてしまったのだ。
研究内容は「出かける際に行ってらっしゃいのキスをする夫婦に見られる変化」。
結果は長寿を齎す、仕事の効率が上がる等のものだった。飽くまで平均的に。
それを読んだイタリアがこうして出かける前のドイツに絡んでいる現状。
ドイツとしては上司に言われて出した研究結果なだけだというのに。まさか自身に降り懸かるとは思いもしなかった。
「ねぇドイツ、遅れちゃうよ?」
「…しかしだな、」
「もー、じれったいなぁ」
ぐい、と思ってもいない強い力で胸倉を引き寄せられた。踵を上げて背伸びしたイタリアの顔が、先程以上に近い。
唇と唇の距離は1センチ。吐息すら感じるその距離で、イタリアが艶っぽく囁く。
「ドイツからして。じゃないとずっとこのままだよ?」
赤い舌がちらちらと見え、濡れた瞳が更にドイツを刺激する。
下半身に熱が集まるのを感じ、咄嗟にまずい、と思ったドイツは素早くイタリアに唇を重ねる。
ほんの一瞬。音も立てずに重ねた唇を、身体ごと素早く引いた。
「お、終わりだ。もういいだろう」
「ヴェ、こんだけ?」
「い、行ってらっしゃいのキスだろう?こんなものだ」
「そっかぁ」
時計を見ればいよいよ遅刻すれすれの時間。仕方ないとイタリアも笑顔を浮かべ、顔の横でひらひらと手を振る。
「行ってらっしゃいドイツ。今日は俺休みだし、ご飯用意して待ってるね」
「ああ…行ってくる」
赤く染まった顔を見られないようにと身を翻し、ドアノブに手をかける。
出ていく間際に一度振り返ると、嬉しそうなイタリアが両肩を上げてまだ手を振っていた。
そして少し照れたような声で言う。
「これから毎日してあげるからね、行ってらっしゃいのキス」
えへへ、と可愛らしいその姿に、ドイツは何も言わずドアを閉めた。
明日も、明後日も、その次もずっと。
こんな事を続けられてはいつか絶対遅刻する日が来てしまうと、ドイツは早足で歩きながら対処法を必死に考えていた。
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独伊で朝の風景。
ドイツ研究の話はノンフィクションです。なんて研究してんだドイツ。
こんなもんヴェネが見たらここぞとばかりに決まってるだろ!と萌え過ぎた結果。
09.05.12