「来るなら来るって、callくらい前もって寄こして下さい」
思わず溜息が出る。隠しきれない表情の歪みがイギリスにも伝わり、太い眉毛が力無く垂れ下がった。
あ、可愛い、と思ったが口には出さない。もし言ってしまったら、この人の事だから照れて暴言を吐き散らすに決まっている。
まぁ、動揺はしたけど嬉しくない訳ではない。予想出来なかった急な来訪に驚いただけだ。
これ以上ほっておくときっと泣きだすな、と思って彼の手を取り庭へ出る。
「ちょ、香?」
「家、中人居るから。こっち、garden」
掴んだ腕が以前より細い。一緒に暮らしてた時だって、毎年この時期は寝込んでたっけこの人。
看病しながら、何万回と聞いた寝言。呟かれる名前。思い出すだけで気分悪い。
段々苛々してきて、つい腕を掴む手に力が籠った。イギリスの詰まる声が聞こえて、我に返る。
「ああ、sorry。大丈夫?」
「っ、平気だこの位。それよりお前、まだ英語抜けねーんだな」
「そりゃ……いや、最近は、気をつけて話さないようにしてる」
「…そうか」
あ、ちょっと残念そう。そんでもって、寂しそう。この人俺返還した時も大分悔しそうだったしなぁ。
でもこの人の場合、自分の元を誰かが離れて行くこと自体が耐え難い出来事なんだろう。思いだすのだろうと、思う。
ああ、気分悪い。
「で、何か用ですか?」
「なっ、なんだよその言い草は!お前みたいな爆竹野郎祝ってくれる奴いないだろうって思って来てやったのに!」
「……oh、」
成程、誕生日。今の今まですっかり忘れていた。
そんな俺を呆れた様に見上げて、イギリスは小箱と花束を押しつけてくる。
「たいしたもんじゃねーけどな。元宗主国様からのプレゼントなんだから、有難く受け取っとけ」
「…Thank you」
「なんだよ、まだ喋れんじゃねーか、英語」
その方がなんか慣れてるし、落ち着くな。そんな事を笑顔で言う貴方が酷く、皮肉。
そうして腕時計を確認して、慌てたように焦りを見せる。不思議に思っていると、彼は一歩引いて掌を立てて詫びる仕草を見せた。
「悪い、もう帰らないと。色々やる事残ってんだ」
「what?」
「…色々だよ、色々」
刹那、少し恥ずかしそうに頬を染めたその態度で全てを理解してしまう。
三日後に迫った「彼」の誕生日。二百三十三年の時を経て、今年は祝う気でいるのだろうか。
共に暮らしてた時も、勿論今も。彼の一番は、ずっとずっと変わっていない。
「じゃあな香、元気で、」
「stop」
「あ?」
「忘れてる」
酷く腹立たしいから、少し位意地悪してもきっと許される。だって今日は俺の記念日だし。
とん、と頬を人差し指で軽く叩いて示す。それでもわからないと首を傾げるイギリスに、はっきりと伝えた。
「さよならの、kiss」
「は、ああっ!?」
「してただろ、いつも」
「おっ、お前にはンなのした事ねぇだろーが!」
む、と眉間に皺が寄る。じゃあ誰にはしてたんだと、言ってやりたかったがやめた。よけいに機嫌が悪くなるのは、自分自身だ。
もう一度腕を掴んで、離さない。してくれるまでこのままだと態度で示せば、イギリスは困ったように視線を泳がせる。
「…お前どうしたんだよ。熱でもあんのか?」
「そんなの、無い。ほら早く、kiss」
「……っ、」
暫く間を開けて、観念したのかイギリスはゆっくり俺に近づいてそっと顔を寄せてきた。
目を瞑って、本当に一瞬、触れるだけのkiss。恥ずかしいのか、すぐに離れたイギリスは強引に腕も解いて後ずさる。
「これでいいだろ!もう行くからな!」
「…OK、わざわざ有難う、イギリス」
顔を紅く染めたまま走り去った彼の後ろ姿を眺めながら、触れた頬をそっと擦る。
熱い。きっとこの熱は暫く籠ったまま消える事は無いのだろうと思う。でも、それぐらい許して欲しい。
恋人へのキスは多分一生貰えない。だから、せめて兄弟へ送るキスくらい。
「それぐらい…いいだろう、brother」
頬を撫でた手をぎゅっと握り込んで、花束の中、一輪の薔薇に口づけた。
09.07.01