「よお、元気か?」

そう言って現れた人物に、正直死ぬ程驚いた。
一瞬見間違いかと思い、眼鏡を外して、再びかけて、見る。
けれどやはりそこに立っていたのはイギリスさんで、自分の目も眼鏡も曇ってはいなかった事を知った。
唖然と、間抜けに口を開いたままの自分にイギリスさんは不思議そうな顔をして、ひらひらと手を振って見せている。

「おい、カナダ?大丈夫か?」
「…あ、あっ、ええっと、はい、元気です!」
「何だよその幽霊でも見るような目は」
「だ、だって…」

まさか今日、イギリスさんが家を訪ねてくるなんて事予想出来た筈もない。
この時期、毎年のように家で寝込んでいる彼が、こうして普段通りにスーツ姿を決めて、訪ねてくるなんてそんな。
夢でなければ何だと言うのか。こんな、自分にとって都合のいい、夢でなければ。

「お前、今日誕生日だろ?おめでとう」

セリフまでが、自分の望み通りのもので。
イギリスさんは抱えていた花束と、紙袋を差し出した。そして、少し申し訳無さそうに笑う。

「ごめんな、あんま長居は出来ないんだ。この後香のところにも寄ろうと思ってるから」
「…ああ、彼も今日……」
「そっちも、いつものじゃなくて悪いけど」

そっち、とイギリスさんが指したのは紙袋。中を伺えば、確かにいつものスコーンとは違う物が保存容器に入れられて収まっていた。

「ホットケーキ、ですか?」
「馬鹿、パンケーキだ。シロップは入れてないぜ。お前の家のが美味いのあるだろ」

焦げ目が付いたホットケーキは、少し焼き過ぎた色を纏っていた。
形も大小ばらばらで、よくも人の誕生日に送ろうと思えたものだと、言い過ぎではない位に見た目からして、酷い。
けれど、自然と笑顔が漏れた。心が暖かく、柔らかく解れて行くようで。

「ありがとう、ございます」
「おう、折角こうして持って来てやったんだから、残さずに喰えよ」
「はい。ところで体調は大丈夫なんですか?」
「あ?ああ、今年は割と平気だ。知ってると思うが、ロンドンは打撃喰らってるけどな」

自嘲気味に笑うイギリスさんは、やはり顔色が良くは無い。元から細身の身体も、更に痩せた様に思う。
けれど、自分に心配されたくて彼はここに来た訳じゃない。祝いに来てくれたのだ。
だから目一杯の笑顔を見せる。だからと言って作りものなんかじゃない。この笑顔は、本心から生まれたもの。

「わざわざ来てもらって、本当に有難うございます。嬉しいです、凄く」
「そ、そうか。なら良かった。あ、じゃあ、そろそろ行くな」
「はい、お気をつけて」

照れたように、嬉しそうに微笑んでイギリスさんは身を翻し去って行った。
たかが五分、されど五分の為に来てくれたイギリスさん。今まで一度だって誕生日に家を訪れてくれた事なんてないのに。
彼の姿が完全に見えなくなってから家に入る。リビングで紙袋から容器を取り出して開けると、香ばしい香りが広がった。
それは酷く懐かしく、一番身近だった。そう、

初恋の、香りだった。




例え今回の訪問が三日後に備えたリハビリだとしても、十分過ぎる幸せな五分間を味わえた誕生日でした。



09.07.01