賑やかな街を少し外れた、住宅街の傍にその店は建っていた。
 ガラス張りの外壁から覗く店内には、一番手前にショーケースに並ぶ様々なショコラが。そしてその奥に二人掛けのテーブルが三つ並ぶ小さなイートインスペースがある。
 「Chocolate.L(チョコレート・リトル)」と小さな看板のかかったその店は名前の通りショコラティエで、二人の従業員で切り盛りされるこじんまりとした店だった。近所の評判は上々。その理由はショコラと言うより、その二人の従業員にあった。  浅黒い肌に白いコックコートが良く映えると評判の、笑顔の似合う店長。そして愛相は無いけれどルックス、スタイル共に抜群の店員。
 二人は今日も今日とて仲睦まじく、かどうかはわからないがそのショコラティエで働いている。





 初めて彼のショコラを口にしたのは、イタリアのローマでの事だった。
 有名なショコラティエの試作会があると弟に連れられて会場に向かいはしたが、気は全く乗らなかった。特別甘いものが好きな訳でもない。チョコなんて食べたくなったらバールで買えば済む話で、何も高い金を払ってまで食べる物ではないじゃないか。
 本気でそう思っていた。そのショコラを口にするまでは。
 いくつも並んだ豪華な装飾が施されたボンボンショコラ。そのテーブルの隅に、あまりにも質素なショコラが乗った大皿があった。
 既に数を減らした他の皿と違い、恐らくは一つも誰の手に取られる事なく飾られているそれに、何故か興味が湧いた。つるんとした表面。デフォルトのままのそのショコラを手にとって、躊躇いも無く口に入れた。
 成程、と思った時には弟を探していた。弟はそのショコラティエと知り合いだと言っていたのだ。
 会いたい。そう思った。このショコラを作ったショコラティエに、どうしても会いたいと、そう。





 言われて、ロマーノはすぐには信じられずにそのまま呆然とスペインを見上げたままになる。しかしスペインの頬笑みを見ていると、徐々に真実として受け入れる事が出来た。
 ロマーノのショコラは、スペインに認められたのだと、そう。
「…ほんと、か……?」
「うん。でもな、ロマ。このままでは店には出せんで?」
「……あ?」
 浮上した気持ちが再び落ちていく。確かに改善点など腐るほどあるだろうが、一度上げておいてすぐに落とさなくてもいいじゃないかと恨めしい気持ちが生まれた。
 しかしスペインは目を細めて、そんなロマーノの態度も気にしていないかのように抱きしめる腕に一層力を込める。
「うちの店のショコラは、食べた人全てを愛して幸せにするショコラや。このままじゃアカンやろ?」
「え?」
「ロマーノ、随分心配してくれてたんやな。このショコラ、俺への労りで一杯みたいや」
「っ、」
「店に出す分は、その辺の想いは変えて。な?」
 言い聞かせるように囁かれて、ロマーノは顔から湯気が出そうな程に熱くなる。籠めた想いがこうして伝わる事を願っていた筈なのに、いざ本当にそうなるとこうまでも恥ずかしいとは思いもしなかった。



10.02.08