「ロマーノの様子がおかしい?」
 カップを口から離して放たれたフランスの言葉に、スペインはすっかりと肩を落とした体勢で力無く頷いた。
 場所はフランスの家、時刻は丁度午後のティータイム。目の前のテーブルにはフランスの手作りのお菓子が並び、来客用のエルメスのティーカップには薄い琥珀色が美しい液体が注がれてる。湯気と共に良い香りがスペインまで届く。
 けれど口から出てくるのは重苦しい溜息ばかり。一度カップに手を伸ばして、しかし口には運ばずにそのままソーサーへ戻した。

 まず、日常茶飯事のように言われ続けてきた我儘を一切言わなくなったのだ。飯早くしろだの、片付けなんてお前がやれだの、些細なことではあるのだが。
 その話を聞いたフランスは一度大きく溜息を吐き、ほとほと呆れ果てたとでも言うように肩を落とす。
「だから、それのどこが困るのよ。確かに今までからして見ればおかしいかもしれないけど、いい事だろ」
「…確かに、自立し始めたって考えたら喜ばしい事やけど、そうやなくて」
「じゃなくて?」
「ロマーノ…まるで、俺の事他人みたいに扱うんや」
 そこでようやくフランスの眉間にも皺が寄る。どういう事だと低い声で問われ、スペインはすっかり眉を垂らした情けない表情で口を開いた。
「飯も自分で作る。けど、自分の分だけ作って、自分一人で食べてまうねん。俺が知らん間に。洗濯も、掃除も、全部そう」
「お前、なんかしてロマーノ怒らせたんじゃねぇの?」
「俺も最初はそう思って、ちゃんと聞いたで。なんで一人で飯喰ってまうん?なんか怒ってるんやったら謝るし、一緒に食べようや、って。したら…」
 話しながら、思い返すだけで気が滅入る。自分は親分なのに、情けないと思いつつもそんな風にして距離のあいた関係が嫌で腰を低くして対応したと言うのに、だ。
 その言葉を聞いたロマーノは、とても不思議そうな表情を浮かべた。ただ、一緒に食事を取ろうと言っただけのスペインに対して。そして、「なんでだよ」と言ったのだ。
 今まで一緒に食事する事に理由なんて必要だっただろうか。それとも、向かい合って食事など考えられないと言わせるまでに怒らせてしまったのだろうかと、焦りが生まれた。しかし、ロマーノの様子から怒りの感情は全くと言っていい程読み取れなかったのだ。





 まず特徴的な跳ねた毛が目に入った時点で胸が高ぶる。こうして至近距離で顔を合わせるのも久しぶりで、たったそれだけの事なのに嬉しさが込み上げてきた。
 しかし、ロマーノは口をきゅっと結んで難しい顔をしている。決していい話があって訪ねてきたのでは無いのだと知れて、途端に気持ちは底に落ちた。
 けれど黙ったままのロマーノをあしらう訳にもいかないスペインは、意を決して自分から口を開いた。
「どうしたん?ロマーノもシエスタの時間ちゃうの?」
「………」
 出来る限り優しい声を出したつもりだが、緊張のあまり上ずってしまったのが自分でもわかる。緊張していると気付かれてしまっては親分としてあまりに格好悪いと心配したが、ロマーノの表情は変わらなかった。
 暫く沈黙が続くと、ようやく顔を上げたロマーノの瞳がスペインを捉えた。途端、身体が凍りつくかのような感覚に陥る。
 瞳に、光が宿っていない。態度も口も悪いとは言え、明るく元気な子分の面影は微塵も見て取れなかった。
 嫌な予感がする。とても、とても嫌な予感が。鈍い鈍いと言われ続けてきたスペインにも感じ取れるくらいの、悪い予感。
 そしてこんな時に限って、その予感は当たるのだ。
「……俺、どうしてお前と一緒に住んでるんだ?」
 乾いた唇から放たれた言葉はやけに静かなものであったのにも関わらず、簡単にスペインの胸を突き刺した。


09.09.19