「どうも、お邪魔しますよ」

ソファに座ってテレビを見ていたロマーノが首だけで振り返ると、リビングのドアを開けたヴェネチアーノの後ろに日本が立っていた。
着物でも軍服でもない、薄手のセーターにシーパンというラフな恰好をした日本は、ロマーノに小さく頭を下げる。
一応、弟が世話になってるしとロマーノも会釈を返せば、日本は柔らかく微笑んだ。

「お休みの日にすみません。兄弟水入らずの時間をお邪魔してしまったのではないですか?」
「大丈夫だよー、今日は特に予定も無くて暇してたから」

ヴェネチアーノの言葉にロマーノも頷く。
事実二人して暇してたのだ。
だらだらと見るテレビにも飽きて、シエスタでもしようかと思っていた矢先だった。

「ならば調度良かった。私も用事ついでに寄ったのですが、お二人に渡したい物がありまして」
「渡したいもの?」

ヴェネチアーノが首を傾げる。くせ毛がぴょこんと跳ねた。
ロマーノの座るソファの前に置かれたテーブルの脇に正座して、日本は持っていた手提げを差し出す。
縦に長いそれをヴェネチアーノが手に取ると、日本はどうぞ、開けてみて下さいと手の平を二人に向けた。
袋の中身は赤い長方形の箱が二つ。ずっしり重みのあるそれを、ヴェネチアーノが不思議そうに眺める。

「ヴェー、日本ー何これ?」
「焼酎です。我が国特産のお酒なんですよ」
「お酒?」
「そう。これはルビーの雫と言う焼酎で、トマトを使った珍しい物なんですよ」

トマトと言う単語に、イタリア兄弟は揃って反応を示す。
見れば、確かに箱にトマトの絵柄が描かれていた。
輝いた目で食い入るように箱を眺める二人を、日本は微笑ましげに眺める。

「喜んで頂けたようですね」
「ありがとう日本!今度ドイツと一緒に飲むよー」
「…ありがとう」

ロマーノも礼を言う。自分はヴェネチアーノのついでだとわかってはいるが、少し心が温かくなった。
知らず内に口角を上げて箱を見ていると、日本の視線を感じたので顔を上げる。
何故かロマーノをじっと見つめている日本に視線を合わせると、にっこりと微笑まれた。

「ロマーノ君は確か、スペインさんと仲が良かったですよね?」
「え?」
「是非一緒に飲んで下さいね」

にこにこと笑みを浮かべながら言う日本に、ヴェネチアーノも賛同する。

「スペイン兄ちゃんきっと喜ぶよ。俺はドイツと飲もうかなぁ」
「ドイツさんはビール派でしょう?お口に合いますかね」

二人の会話を聞きながら、ロマーノはひそかに弾んだ胸を押さえようと必死だった。
トマトのお酒と聞いて、ロマーノは当然の如くこれはスペインと飲む事になるんだろうなと思ったのだ。
それを日本に見透かされたのかと一瞬焦り、後に羞恥心が芽生える。
何を当たり前の様にと自分でも呆れ、同時に癪だった。

「日本もうちのワイン持って帰りなよー。あ、どこか行くなら荷物になるかな?」
「いいんですか?ギリシャさん家に遊びに行く途中なので、いいお土産になります」

嬉しそうに表情を明るくした日本はいそいそとヴェネチアーノの後をついて行く。
ワイン蔵へ向かった二人を見送って、ロマーノは今一度トマトが描かれたパッケージを眺める。
この酒を飲んでいる自分を想像して、やはり当然の様に横にいるスペインの姿に苦笑した。

「……仕方ねぇな」

一つ溜息を吐いて、次二人の予定が合うのはいつかと頭の中に思い浮かべた。





「お帰りロマーノ!」
「お帰りじゃなくていらっしゃいだろ」

もう何度このやり取りをしたかわからない。
スペインはロマーノが家にやって来ると必ず「お帰り」と言った。
その言葉は適切ではないと、ロマーノも毎度訂正する。しかし、内心はそれが嬉しくて堪らなかった。
だからこうして抱きしめられても、激しく抵抗はしない。嫌がるフリはするが、恐らくそれもバレている。

「今日は随分遅かったなぁ。俺昼から待ってたんやでー」
「ちゃんと着くのは夜だって電話しただろ?」
「せやかて、待ち遠しいやんか。もーなんかしてないと落ち着かんからトマト収穫し過ぎたわぁ」

ほら見てーとスペインが指差した先には籠五つ分のトマトが積まれていた。
中にはまだ収穫期になっていない青いものも見える。
それ程までに自分を待ち切れなかったのかと考えると緩みそうになる頬を、必死に引き締めた。

「すぐ夕飯の準備するからな」

満足したのか、ようやくロマーノを離したスペインは家の奥へと招き入れる。
リビングのテーブルには、既に食事の準備があらかた用意されていた。

「後ピッツァ焼き上げたら終わりやから、ロマは座っといて」
「…おう」

以前の様に、食事を作るのはスペインだ。ロマーノに手伝いを要求する事は無くなった。
お帰りと言いつつそんなところは客人扱いかよ、と若干面白くはないが、手伝ったところでスペインの用事を増やすだけなので大人しく座っておいた。
スペインの家の窯は古いが使い込んでいるので火の通りが早い。程なくして、木のトレーにこんがり焼けたピッツァを乗せてスペインが戻って来る。
もう片手には、ワインの瓶を持っていた。

「出来たで!冷めんうちに食べよか」
「そっちは?」
「ん?ああ、フランスが置いていってん。俺トマト分けたったし、お礼やって」

ごと、とテーブルに置かれた瓶には確かにフランス語のラベルが貼られている。
調度いいと、ロマーノも足元に置いていた箱を持ち上げた。

「俺も日本に貰った酒持ってきた。トマトの酒だって」
「トマトの?」

席に着いたスペインが箱を手に取り、途端に顔をしかめる。日本語が読めないのだろう。
しかしトマトの絵柄は流石に見て取れたようで、ほんまや、と声を上げる。

「トマトの酒とか、珍しいやん」
「だからくれたんだろ。飯の後飲もうぜ」
「じゃあ、食事中はこっちのワイン開けよか」

慣れた手つきでナイフを使い、蓋を剥がす。オープナーでコルクを抜き、香りを確かめた。
満足そうに微笑んで、ロマーノのグラスに口を向ける。
半分まで注いで、自分のグラスにも同量注いだ。グラスを掲げて、ロマーノを促す。

「じゃあ、乾杯」
「何に?」
「ロマーノが今日、俺に会いに来てくれた事に」
「っ、」

さらりと恥ずかしい事を言ってのけたスペインに、ロマーノは頬を赤く染める。
文句を言おうと口を開く間に、勝手にグラスがかち合わされた。
結局、何も言えないまま食事に入る。久しぶりにスペインの料理を口にすると、もはや文句等出る筈も無かった。





「随分、癖のある酒やんなぁ」

食事を終え食器を片して軽いオードブルを並べたテーブルに向かい合い、二人は焼酎を恐る恐る舐めていた。
既にワインの瓶は空で、二人ともそれなりに頬が赤い。スペインは一口を飲み下したところで、眉間に皺を寄せた。
ロマーノも確かに美味しいとは感じず、スペインに同意する。

「トマトの味はする、ような気はするけどな」
「うーん、でも日本にはお礼言っとくわ」

言いながらも一杯目を一気に飲み干し、トマトとモッツァレラチーズに黒胡椒、オリーブオイルをかけたつまみに手を伸ばす。
ロマーノは目を見開いて、二杯目を注ぐスペインを凝視した。

「無理して飲むなよ。悪酔いするぞ」
「んー?だってなぁ、なんか楽しいやんなぁ」
「は?」
「こうしてロマーノと酒飲むの」

ふら、と酒瓶を持つ手が揺れる。とろんとした瞼に、自分よりもスペインが相当酔っているとロマーノは知った。
本人は自覚があるのかないのか、薄く赤付いた液体の入ったグラスを眺めてずっと微笑んでいる。

「夢みたいやんなぁ…あーんなちっこかったロマと、大好きな酒が飲めて」
「…またちびっこな俺の話かよ、ちくしょーが」

溜息を吐いて、ロマーノも一杯目を空ける。瓶を取ろうと手を伸ばすと、スペインに先に奪われてそのまま抱え込まれてしまう。
何をするつもりなのかと見ていると、スペインは瓶のまま一気に酒を煽り始めた。

「ちょ、何してんだバカヤローが!」

慌てて立ち上がって瓶を奪おうとするも、スペインはすれすれのところでそれをかわす。
キッと目を吊り上げてロマーノを睨むスペインは、目尻に涙まで溜めていた。
その表情に怯んだロマーノは、う、と息を詰まらせる。

「す、スペイン…?」
「ロマーノとこうして、酒飲んだり、昔は一緒に出来んかった事が出来るようになって、幸せやんなぁ」
「は、はぁ…」

ロマーノはもはや言い返せず、けれど幸せならば何故に泣く!?と喚きたいと思いはしつつも必死に抑える。
なんせこんなスペインは初めて見るのだ。酒は弱く無かった筈、と言うことは。
スペインの手にある焼酎。どうやら日本の酒には弱い体質、という事らしい。
酒を奪うか水を飲ませるかで迷っていると、スペインがテーブルに手を突いてふらりと立ち上がる。
しかしすぐにバランスを崩しよろけたところを、間一髪ロマーノが支えた。

「ばっ、気をつけろコノヤロー!」
「うーん…ロマぁ〜」

ぎう、とそのまま抱きしめられる。一瞬突き放すかと思ったが、どうやら本気で酔っぱらっているようなのでロマーノはそのまま自分も抱きしめ返してやる事にした。
すると途端に嬉しそうに笑い、スペインはロマーノの髪に顔を埋める。

「ロマーノぉ、大人になったんやね」
「なんだよそれ。こんだけ時間経てば当然だろうが」
「じゃあ、抱きたい」

ぴた、とスペインの背中を擦ってやっていた手が止まる。ロマーノは固まって、暫し経ってからそっとスペインを見上げた。
赤い頬に、濡れた目。完全お酒に酔った人な人相に、ロマーノは溜息を吐いた。

「何言ってんだ酔っぱらいスペイン」
「酔っとるよ〜、けど真剣やでぇ」
「はぁ?」
「ロマ、大人になった」

抱きしめる腕に力が籠る。声がどこか、擦れる様に弱々しかった。
見れば、スペインは本当に涙を流していてロマーノはぎょっとする。

「ちょ、スペイン!?」
「俺の可愛いロマーノ…もう、子分なんて呼べないやんか」
「はぁ…?」
「これ以上離れんで、ロマーノ」

切ない声でそう呟くスペインは、今までロマーノが見た事ないぐらい小さく感じた。
自分を抱きしめる身体が小さく震えている事に気付き、ロマーノはその腕をそっと優しく擦る。
けれど同時に呆れ、もう一度思い切り溜息を吐いてやった。

「だからって、何で抱きたいに繋がるんだ、馬鹿スペイン」
「だって、こうなったらもう既成事実でも作らんと、ロマが離れて行ってしまう」
「はぁ?」
「ロマは美人やから、恋人なんてすぐ出来てまう。俺ん家おった時は俺が目光らせられたからええけど…今は、一緒に住んでないから」

不安やねん、と囁かれ、ロマーノは不覚にも目の前の酔っ払いが可愛いと思ってしまった。
どんどん溢れ出す涙でシャツを濡らされ、ロマーノは仕方なしに頭も撫でてみる。

「だから、他に恋人が出来る前に自分がってか?あほが」
「あ、スペイン語やぁ。覚えたん?」
「こういう時の為にな」

によによ笑うスペインの頬を拭いながら、ロマーノはなんとか身体を離そうと試みる。
しかしスペインは許してくれず、一層力強く抱きしめられてしまった。どうやら意地でも離す気は無いらしい。

「ああもう寝ろよ。寝て酒を抜け」
「じゃあ一緒に寝よ?」
「ああ寝てやる。そんで起きたら綺麗さっぱり忘れてるんだろどうせ」
「覚えてるよ」
「絶対忘れる」
「じゃあ覚えてたら抱かせてや?」

こつ、と額を合わせて上目がちに視線を絡ませるスペインに、ロマーノは一度言葉を飲み込む。
けれどすぐに口角を上げて、挑発的に頬笑みを見せた。

「いいぞ。約束だ」
「ん、ならもう寝ようか」

満足したのか、ようやくロマーノを解放したスペインはその腕を引いて寝室へ向かう。
衣服を全て脱ぎ棄ててベッドへ潜り込み、一度ロマーノの頬にキスしてすぐに瞼を閉じた。

「おやすみ、明日にはもう子分やなくて、恋人のロマーノ」
「……バカヤローが」

間もなく聞こえてきた寝息に、ロマーノは暗闇に目が慣れるまでずっとスペインを眺める。
そして明日朝一番に見るであろう何も覚えていないと言いながらからりと笑って見せる表情を思い浮かべて、自分もそっと目を閉じた。





「ロマーノ、起きて、ロマーノ」
「ん……」

名を呼ばれて薄く目を開けると、肘をついて頭だけ起こしたスペインが視界に入る。
ぼんやりと周囲を見渡すと、カーテンからは薄暗い明りしか漏れていない。まだ早朝と言う事か。
視線をスペインに戻すと、少し困ったように眉を下げて笑っている。ああ、想像通りの顔だとロマーノは内心溜息を吐いた。

「ごめんな、昨日酔ってもうたみたいで。ロマが運んでくれたん?」
「…一応自分で歩いてたぞこのやろー」
「そっか。いやぁ、酒には強いと思ってたけど、日本の酒はあかんなぁ。飲みやすいからつい飲み過ぎてまう」

まいったわーと頭をかく仕草に若干の苛立ちを覚える。どうせ酒が入ると早く目覚める性質だからとついでにロマーノを起こしたのだろう。
まだ眠気が冷めていないロマーノはシーツを手繰り寄せて、スペインに背を向けて身体を丸める。

「あれ、ロマーノまだ眠いん?」
「たりめーだろ、今何時だと思ってんだ」
「でも、いつもの時間に起きたら会議遅刻すんで?」
「ああ?なんで」
「セックスする時間無くなってまう」
「はぁ!?」

がば、と一気に起き上がる。一瞬で眠気も飛んで行った。
目を見張ってスペインを凝視すると、逆にこっちが驚いたというように瞬いている。

「あれ、ロマーノ覚えてないん?抱かせてくれる、言うたやんか」
「は、あ、でっ…おま、覚えて…」
「覚えてるよ、あんな重要な事」

少し怒った表情を見せるスペインはロマーノの肩に手を置いて、そっとベッドに押し戻す。
まだ事態を飲み込めていない様子のロマーノに、スペインは頬にキスを落としてから口を開いた。

「俺、酒飲んでも記憶は飛ばんから。知らんかった?」
「し、知らねぇよそんな事!」
「でも、約束は約束やもんな」

そ、とロマーノの頬に手を寄せて、愛しい者を見る目で視線を絡ませる。
思わず胸が跳ねたロマーノは、頬を赤く染めてしまった。
そんな反応が嬉しかったのか、今度は口にキスをしてもう一度目を覗き込む。

「今日から恋人やな、ロマーノ。ほんまに抱いてええ?」
「……い、痛いのはやだからな」
「ん、努力する」

まるで返答が分かっていたとでも言うように、スペインはすぐ返事を返した。
シーツを捲り、朝の低気温から守るように二人の身体ごと包み込む。
気温が上がり、太陽も上った頃にはもう、二人は恋人同士になっていた。









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酔っ払いスペイン。こんな馴れ初めでいいのかと自問自答。
因みにトマトの焼酎はルビーの雫と言う名前です。本当に売ってるみたい。
焼酎は断然麦派ですが、一度是非飲んでみたい。スぺロマ焼酎…!笑
次はエロも書きたい気持ちは無限の想い。


09.05.09