ウォークインクローゼットを開いて、前日から当たりをつけておいたアイテムを素早く選び出しベッドへと放り投げる。
朝一シャワーを浴びてすぐ、髪はすでに乾かしてセット済み。取りあえず下着だけを履いた状態でいくつか取り出したアイテムを自分に当てて姿見を覗き込む。
頭の中でのイメージに合うものを選び袖を通す。パンツにベルトを通して、再び姿見に自身を映してから、少し考えを巡らせた。
どこかしっくりこない部分がある。けれど自分では気づかない、そんな時はと自室の隣の部屋へと足を向けた。
「ヴェネチアーノ」
「ヴェ?」
ノックも無しに扉を開ければ、ベッドの上で雑誌を開いていたヴェネチアーノが顔を上げる。
まだ起きたばかりのようで、きっちり着込んでいるロマーノと違ってヴェネチアーノはシャツ一枚を羽織っただけの姿だ。
見慣れた弟の姿に特に反応する事も無く、ロマーノは背筋を正して少しだけ首を傾げる。
「なぁ、なんか足りなくねーか?」
「何が?」
「服。色合いはいいと思うんだけど、ちょっと寂しいっつーか」
「あー…」
ようやく問われた意味を理解したヴェネチアーノは身体を起こしてロマーノを頭からゆっくりと眺めて行く。
インナーはオフホワイトのタートル、ワインレッドの細身のパンツに黒のジャケットを合わせたコーディネートはシンプルながらスタイルの良いロマーノに良く似合っていた。
けれどどこか物足りない気がするというロマーノにヴェネチアーノも共感し、ベッドから降りて自分のクローゼットへと歩み寄る。
「首元かなぁ。俺、こないだドイツと買い物行ってね。その時買ったストール、今の兄ちゃんの格好に合うと思うなぁ」
言いながら淡いグレーのストールを取り出したヴェネチアーノは、それをふわりとロマーノの首元に巻きつける。
首に一周させて両端を垂らしてから姿見をロマーノに向けると、満足そうに笑顔を浮かべた。
「うん、これでどう?」
「…いいのか?借りて」
「いいよー。俺今日出かける予定無いしね」
もう一度鏡で確かめて、よし、と心の中で呟き礼を言って玄関へ向かう。
昨日から出しておいた新しいデザインブーツを履いて、棚に並んだ香水の中からヴェルサーチのブルージーンズを選んで一吹きかけた。
立ち上がってドアに手をかけた時、ヴェネチアーノが部屋から出てきた気配に振り返る。
まだ少し眠そうなヴェネチアーノは、ひらひらと手を振りながらふんわり微笑んで口を開いた。
「スペイン兄ちゃんに宜しくね」
「…行ってくる」
これだけ念入りにめかし込んで、相手がスペインだとバレバレだとしても認めてしまうのが癪でロマーノは肯定せずにそのまま家を出た。
残されたヴェネチアーノは手を下ろして、一つ盛大に欠伸をしてからのんびりとした声を上げる。
「行ってらっしゃーい」
そうして、シエスタと呼ぶには早過ぎる二度寝をする為に一人部屋へと戻って行った。
「おはよーロマーノ」
「おう」
人混みの中、無事に待ち合わせた相手を見つけてロマーノは軽く手を上げる。
石垣の花壇の前に立っていたスペインは、ロマーノの姿を認めて嬉しそうに顔を緩めた。
「久しぶりやなぁ。お互い忙しくて、中々会えんかったし」
「そうだな」
「にしてもロマーノ、今日随分お洒落さんやんか。どうしたん?」
「あ?」
言われて、思わずロマーノは棘の刺さった声を出す。ついでに、思い切り不機嫌を顔に出してしまった。
前に世界会議で顔を合わせたのが二か月前。その時も、慌ただしく短い昼食を一緒に取った位だ。
そして今日、ようやく二人の予定が重なった休日。そんな日にお洒落して待ち合わせ場所に現れた恋人に対して、どうしたとは何事か。
「あのなぁ、」
「ん?」
「………」
いつものように噛みつこうとして、やめた。本当に二人きりで会えるのは久々なのだ。
昨日から、今日は絶対喧嘩(と言うよりは一方的な攻撃)はしないと決めている。
ロマーノは一つ溜息を吐いて、小さく首を横に振った。
「…なんでもねー」
「そっか。けどなんかドキドキすんなぁ」
「え?」
「やって、こんなカッコいいロマーノが今日一日俺の横にずっとおんねんで」
「っ…ばっ、馬鹿!恥ずかしい事言ってんじゃねーよ!」
「やって事実やもん」
情けない程表情を崩したスペインに、ロマーノは先程の決心も忘れつい普段の口調のまま言い返してしまう。
けれどそれでもスペインは気にした様子も無く、自然にロマーノの手を取った。
「行こうか?」
「……おう」
二か月ぶりの温もりに、心が解れるのがまざまざと自身に伝わる。一歩前を歩くスペインに引かれ、ロマーノは今一度その姿をしっかりと眺めた。
黒のブイネックにジーパンという至って普通のスタイル。いつも下げているクロス以外は、装飾品も無し。
更に言えば中身はあのスペインで、全てにおいてが普通だった。けれど。
何故か、ロマーノの目にはそれでも格好よく映ってしまう。セットしている訳でもない癖毛も、農作業でごつごつした指も。
引き締まった身体に黒が良く映えると、うっかり暫く見とれていた自分に気付いて頬を染める。
自分がどれだけ着飾ってもこの男には絶対敵わないと、決して口には出来ない惚気た考えを必死に打ち消して、ロマーノは繋いだ手の力を少しだけ強めた。
「映画も見たし、どうする?散歩でもするか?」
軽い食事を取って、ポップコーンとドリンクを持って映画というベタなコースを終えた二人は映画館前のベンチに肩を並べていた。
昼食には遅く、夕食には早い時間。映画を見ながらポップコーンを摘まんだので、まだ空腹も感じない。
柱時計で時間を確認したスペインが問いかける。ロマーノは少し考えてから、今度は自らスペインの手を引いた。
急な、そしてあまりない事に驚いて目を丸めるスペインに、少しだけ微笑みかける。
「ちょっと付き合えよ」
「え、ちょっ、ロマ?」
引かれるがままに足を進めるスペインは、数度何処へ行くのかと問いかけるが確かな返事は返ってこない。
そうして行きついた先はショッピングモール。ロマーノは中でも有名なメンズブランドの店に足を向けた。
流石に店内に入る際に手は離されたが、スペインも大人しく続いて店内へ入る。
「なんやロマ、買い物したかったん?」
「んー、まーな」
ロマーノが陳列した商品を物色し始めたと同時、店員が近寄り話しかける。親しげな態度から、ロマーノがこの店の常連である事が伺い知れた。
店内を見渡すと、見るからに上質な服が上品に並べられている。ふと目についた一つを手に取ると、覗いた値札にはスペインが思っていた以上の数字が印字されていた。
「……ロマーノ、いつもこんなとこで買い物してるん?」
「な訳ねぇだろ。たまにだよたまに」
「たまにでも…お前ええの着てんねんなぁ」
「そんなのどうだっていいから、ほらこれ」
「へ?」
商品を戻してロマーノに向き直ると、いくつかのハンガーにかかったシャツやジャケット、パンツを渡される。
意味が分からず立ち尽くしていると、ロマーノは無言で試着室を指指した。
暫くして、ようやく着ろと言われてるのだと理解しスペインは焦りの色を見せる。
「え、ええ!俺!?」
「そうだよお前だよ早く着てこいこのやろーが」
「ちょ、ロマ!?」
言い返す間もなく背中を押され、広めの試着室に押し込まれる。勝手にカーテンを引かれ、スペインは服を抱えたまま暫しどうする事も出来なかった。
「着がえたか?」
試着室のすぐ傍でスペインの着替えを待っていたロマーノは、中で動く気配が止まってから少し待って声をかける。
返事を待っていると、中から勢いよくカーテンが開かれた。当然そこに居るのはスペイン、である筈だった。
ロマーノは、驚きに目を見張る。
「……ロマーノ?」
名を呼ばれても、すぐには反応出来なかった。何故なら、そこに居たスペインはロマーノが想像していたよりずっとずっと、完璧に服を着こなしていたからで。
黒のワイシャツに紅いネクタイを緩く締め、軽くダメージを入れたジーンズにはスペインの履いてきたサイドゴアブーツがよく似合う。
ベージュのジャケットはスペインには淡過ぎるかと思ったが、黒でしめた全体のシルエットによく映えていた。
そうして全体を見終え顔に視線を合わせると、スペインは少し恥ずかしそうに口元を引き締めてロマーノを見下ろしている。
「…なんか言うてや。俺めっちゃ恥ずかしいんやけど」
「……あ、あぁ…えっと、」
「…似合わん?」
「ちがっ、」
「良くお似合いです、お客様」
ロマーノがスペインの言葉を否定する前に店員が割って入った。引きしまった体系に良く合っていると褒め、スペインは曖昧に笑みを浮かべる。
その間に今まで身につけていた服を紙袋に詰めた店員がそれをスペインに手渡し、二人に向かって頭を下げた。
ようやく我に返ったロマーノは、照れた表情を隠すように先に店の外へと足を向ける。
「え、ちょっと、ロマーノ!」
「いいから行くぞ」
「やって、俺のこれ、」
「もう払った」
「ええっ!」
店を出て、先々と進むロマーノを追いかけてスペインはようやく隣へと並ぶ。
決してその姿を見ようとしないロマーノを、スペインは困った表情で覗き込んだ。
「やって、あっこ高いんやろ?俺でも知ってるブランドやし」
「…こないだ、ヴェネチアーノとあそこの広告出たんだよ。だから割引利いたし、気にすんな」
「けど、」
「っ、だから!」
喰い下がるスペインに、ロマーノは勢いよく振り返る。顔を真っ赤に染めて、あまりの恥ずかしさに言うのを躊躇ったが、結局は口を開いた。
「お前も今日ぐらい格好いいお前で俺の横にいろっつってんだよ馬鹿スペイン!」
「っ…ロマーノ、」
「わ、わかったら行くぞ!」
ぷい、とすぐに前を向いて歩き出してしまうロマーノから少し遅れて、スペインも歩き出す。
先程までとは違う、指を絡めた繋ぎ方にロマーノが文句を言う前に崩れた笑顔を向けられた。
その笑顔があまりに幸せそうで、嬉しそうで。出かけた言葉も奥に引っ込んでしまう。
「ありがとうなロマーノ。俺めっちゃ嬉しい」
「そ、りゃよかったな、このやろー…」
「いつか、金持ちなったら今度は俺がロマにプレゼントするわ」
「んなの別に、」
「スーツがええな!会議にもパーティーにも着てけるし」
一人で盛り上がるスペインは楽しそうに、ロマーノの言葉を遮って続ける。
そんな様子を横から眺めていると、ふとスペインの視線が一点で留まる。その先を追うと、道の脇に露店が開かれていた。
地面に広げたシートの上に、所狭しと並べられたアクセサリー。ロマーノが暫く目を奪われていると、繋いだ手がくいと引かれる。
「見てこうや」
「あ?お前こんなの興味あったのか?」
「ええやんええやん」
強引に露店の前にロマーノを連れていき、スペインはしゃがんで商品を物色し始める。
仕方なくロマーノも隣に並ぶと、結構良いデザインの物が多い事に気付いた。ロマーノの好みに合う作りだと、ついいくつかを見入ってしまう。
その中でも一番目を引いたのが、アンティークメッキに深い紅の石が埋まったブローチだった。
螺旋を描いた台にパーツが丁寧にろう付けされており、一目でロマーノは気に入ってしまう。
隣でスペインが横顔を眺めている事にも気付かず見惚れていると、ひょいと伸びた手がロマーノからそれを奪っていった。
「あっ、」
「おっちゃん、これちょうだい」
「え?」
ロマーノが呆気に取られている内に支払いを済ませたスペインは立ち上がり、まだ座ったままのロマーノの手を取って同様に立ち上がらせる。
そしてロマーノのジャケットの襟を取り、今購入したばかりのブローチをこれ以上無い角度で取り付けた。
「うん、似合うわ」
「え…え?スペイン?」
「お返し。今は、こんなぐらいしか出来んけど」
頭をかいて、申し訳なさそうに笑うスペインは一度ブローチを撫で、そのまま滑るようにロマーノの手を握る。
力を込めて、近い距離で囁くように言葉を流した。
「いつか、絶対最高級ので飾ったるな」
「……なっ、」
つー、と撫でられたのが左手の薬指だと気付いて、ロマーノは一気に頬を赤く染める。
わなわなと震え、文句を言おうとロマーノが口を開いた時にはスペインは既に別の方向を向いていた。
「あ、後あれ!あれ奢ったる!」
スペインが指差したのはイタリアンジェラートが売られているワゴンで、返事をする前にまたしても身体が引かれて否応無しにその場まで連れて行かれる。
色取り取りの種類が並ぶワゴンの前で、スペインは嬉しそうにケースを覗き込んでいた。
そんな姿を見ていると文句を言う気にもなれず、寧ろ一人でぽこぽこ照れて怒っている自分が情けなくなってロマーノも大人しくケースを覗いて種類を選ぶ事にする。
「俺ティラミスにしよー。ロマーノは?」
「…クリームチーズ」
店員に注文を告げ、代金と引き換えに二つのジェラートを受け取ったスペインは片方をロマーノに向けて差し出す。
受け取って、素直に礼を言ったロマーノにスペインはジェラートを一口舐めてから微笑みかけた。
「ロマーノ、今日泊まってってええんやろ?」
「は?明日会議だから帰るって言ってなかったか?」
「そやけど、」
柔らかいジェラートは早くも溶けかけていて、口を休めると流れて手を汚してしまいそうなので舐めながら聞き返すと、スペインは何故か少し恥ずかしそうに頬を染める。
「やって、男が恋人に服をプレゼントすんのはそれを脱がしたいからやーん」
「………はぁあああ!?」
「もー、ロマってばほんまやる事一々男前やねんからー」
親分照れるわー等と頬に手を当てて一人喜んでいるスペインを、ロマーノは信じられない物でも見るかのように目を見開いて凝視していた。
つい力んでしまって持っていたコーンがぴし、とひび割れる音が聴こえるが、そんな事気にしていられない。
「ばっ、馬鹿じゃねーの!?お前頭湧いてんじゃねーのかこのやろー!」
「照れんでええよ。脱がしてくれたら後はいつも通り俺が、」
「ヴォアああもう黙れ馬鹿スペイン!」
広場の人目が集まっている事にも気付かず、今日は怒らないという決め事も忘れて振りかぶったロマーノの右手をスぺインは苦も無く受け止める。
そしてそのまま自分の口元へと運び、指に垂れたジェラートをぺろりと舐め上げた。
「っ!」
「うん、美味い。俺もこっちにしたら良かったかなぁ」
「〜〜っ、お前は…っ!」
そこから、一人ぽこぽこ怒るロマーノと楽しそうに笑っているスペインのジェラートの奪い合いが始まり、日はあっと言う間に沈んでいった。
結局スペインがロマーノの家に泊まったのかどうかは、翌日の会議で盛大に欠伸をしたスペインを見れば一目瞭然であったと、後にフランスが語ったと言う。
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ロマは絶対お洒落さん。ヴェネと双子モデルとかしてたら萌えると友人と熱く語った結果の産物。
スペインも小尻で足長いしどんな服も格好よく着こなしてしまいそう!と。思った訳で。
互いにコーディネートし合うとか可愛いですよね。この二人はウィンドウショッピングデートとかよくしてそう(貧乏万歳
最後のジェラートはイタリアでデートするなら鉄板でしょうと組みこんでみた。垂れたアイス舐めるのもベタでいいと思うんですがどうですかね?笑
09.06.26